笠置に行った。
駅に着いてまず気付いた。
驚くほど静かだ。
遠くで車が走る音。川のせせらぎ、鳥のさえずり。
それ以外の音は何一つ聞こえない。
人のいない世界。
人の去った世界。
錆ついた霧雨の駅は、そんな空想をかきたたせる。
そう、その日は霧が出ていた。
笠置大橋を見下ろす山々は霧に覆われ、冷たい湿気が頬をかすめる。
霧の中に明滅する建物。
深い山の只中で、一体何するところやら。
雨を帯びてかすかに湿る道路。
絶え間ない川霧を受けて、橋の赤はくすんでいる。
横手に目をやれば山間を通る木津川が見える。
遠くに見える巨岩。
後で聞いたが、老舗のボルダリングコースらしい。
晴れた日はここも賑わうのだろうか。
起伏のある土地らしい。
坂に沿って家が建ち、廊下は宙に浮かぶ。
張り巡らされた雨水溝が町の空気を湿らせて、朽ちかけた人の痕跡を塗り潰していく。
初めて来たはずなのに、どこかで見た光景。
高架下のひと時。
岩壁を這う枯れた蔦。
温泉宿も喫茶もビリヤードも、何一つ残ってはいなかった。
一体いつからこの町を見守っているのだろう。
温泉、笠置いこいの館。
去年春リニューアルしたとは思えない、痺れる浴槽だった。
内装の印象としては、温泉よりも老人ホームの方が近い。
何故か大量に健康器具があったが、誰も使ってはいなかった。
名物を期待して頼んだ笠置御膳だったが、海老が出てきた。
こんな内陸で海の魚介類に期待するのは野暮である。
野菜と漬物は美味しかった。
出てきてみると、地元の人々が野菜を交換していた。
溢れる笑顔、はしゃぐ子どもたち。
余所からやってきて寂れただの朽ちただの言ってしまったが、この町に住み、この町に生きる人々がいる。
帰りは少し暖かかった。
温泉のせいだけではないと信じたい。