『黄泥街』 心にこびりつくあの場所

 

黄泥街 (白水Uブックス)

黄泥街 (白水Uブックス)

  • 作者:残雪
  • 発売日: 2018/10/12
  • メディア: 新書
 

あの町のはずれには黄泥街という通りがあった。まざまざと覚えている。

忘れられない場所がある。

ふとした時に思い出す場所、瞼を閉じればその場所の情景・風土・匂いがよみがえる、そんな場所。 

兎追いしかの山だったり、1970年代のニューヨークだったり、名もなき土手の夕焼けだったり。

人によって違うし、一つとも限らない。

行ったことがあるかどうかも、限らない。

 

『黄泥街』は中国の女流作家、残雪の処女作である。

残雪の写真を調べてみると、なるほど女流作家らしいというか、小学校の先生でもしていそうな感じの人に見える。

だがそんな残雪から生み出された『黄泥街』は、生易しさとは無縁の世界だ。

物は腐り、動物はやたらに気が狂う。

太陽が出るやいなや物は腐った。いたるところで腐った。

市場入口の野菜の山は陽射しの下で湯気をたて、黄色い汁は通りに流れていった。

家々では去年からとっておいた傷んだ肉や魚を日干しにしたが、その表面にはびっしり白い蛆が這っていた。

 

黄泥街はまともではない。

細長い一本の通りに無数の家が軒を連ね、無数の虫が屋根から落ちる。

便所とゴミ山がそこら中にあり、黄褐色の汚水に足まで浸る。

空からは常に灰が降り、唯一の工場は使途不明の鉄球を排出している。

夜にはカミソリを持った殺人鬼がうろつき、住人はみんな病気持ちだ。

まごうことなきスラム街。それもアフリカの乾燥したスラム街ではなく、湿度100%の、蒸しかえるような汚臭を伴ったスラム街だ。

だが、本当にまともでないのはそこではない。

黄泥街では、会話が一切通じないのだ。

その雨降りの日、老郁はずっと、委員会から来る人を待っていた。

きじるしの楊三が老郁にたずねた。「委員会というのはいったいどんな機構なんだ?」

「委員会?」老郁は測りしれない表情を浮かべ、もう一度くり返した。「委員会だって? いいか、あんたの出したこの問題は、きわめて重大な問題だ。その関係する面たるや不可思議になほどに広い。まあ、ひとつ喩えを出して、大まかに理解できるようにしてやろう。昔、この通りに張というものがおってな、あるとき一匹のきちがい犬がやって来て、豚を一頭と鶏を何羽か噛み殺したんだが、その犬が通りで暴れまわっている折も折、張がいきなり戸をあけ、ばたりと道に倒れて頓死してしまった。その日、空はしらじらとして、カラスは天地をおおって飛んできて……実際のところ、黄泥街にはまだ未解決の案件が山とあるんだが、あんたは自己改造を強化することについて、どう思っとるんだ? ええっ?」

一事が万事こんな調子である。こんな調子が250ページも続く。

というより、ここに引用したやり取りはまだわかりやすい部類である(質問の方がはっきりしているため)。

犬のたとえ話が何を意味しているのかわからないし、たとえ話は最後まで語られずに終わってしまうし、そもそも委員会が何なのかという回答になっていない。

念のため言っておくが、このページの前後に委員会についての説明があるわけではない。説明は読者にも登場人物にもなされない。ついでに言っておくが作者が天然なわけでもない。プロローグは極めて怜悧に、正確に描かれている。

黄泥街がそんな街なのである。そりゃ未解決の案件がたまるはずだ。

 

こんな調子なものだから、物語は全く進む気配を見せない。

というかそもそも「物」が「語」られていない。揃いも揃って饒舌な登場人物たちだが、つまるところ彼らは何も語ってなどいない。

「王子光」という言葉だけが彼方から光を投げ込んでいるが、それとて展開の中で意味を変えていく。

これは物語ではなく、その死骸。

物語の死体が累々と、地平線の彼方まで塗り広げられている。

彼は身を乗り出して斉二狗にいった。「あるうわさが流れてる、王子光は王四麻の弟だというのさ……」

「その王子光はいったい、実際にいるのかね?」朱幹事が向かいの屋根裏の欄干に雀のようにとまったまま、待ってましたとばかりに口をはさんだ。「聞くところによれば、彼はちょっと来ただけでもう来ないんだという。しかし、だれも本当に見たわけでもないのに、なぜ、そんな者が来たと信じられるんだ? ひょっとしたら、来たのは王子光じゃなくて、通りすがりのただの乞食だったかもしれんじゃないか。いや、それどころか、エテ公か何かだったかもしれん。そんな王子光がいて、上部から派遣されて来たというのは、単にみんながびくびくしてたからなんだ。だからデマをとばしてそんな王子光が来たといい、王子光の名前が王子光だと信じるふりをし、みんなが彼を見たというのを信じるふりをしたんだ。しかし王子光が実際にいるのかどうか、来たのが王子光という名前だったのかどうか、彼は来たのかどうか、実は誰にも結論は下せないのさ」

 

語られるものはもはやなく、されど語りが続くとき、そこに立ち現われるものはなんであるか。

ベケットが挑んだこの問いに、残雪も挑み、そしてたどり着いた。

そこに現れるのは世界。

死体と苦痛と廃棄物が山のように積み重なり、腐って液状に混ざりあってできるもの。

すべてを茶褐色の濁流で飲み込んでいく、黄泥街という世界そのものである。

 

夢にもロケーションというものがある。

絶対に行ったことがないのに、何度も夢に見るような場所。

黄泥街はまさしくそういう場所だ。

読者の心の奥底に、こびりついて離れない。

おお、黄泥街、黄泥街よ、もしやおまえは、わたしの夢にしか存在しないのか? もしやおまえは、淡い悲哀に揺れる、ひとつの影にすぎないのか?

おお、黄泥街、黄泥街よ……