※筆者はピンチョンの専門家ではありません
※筆者は佐藤訳の日本語版しか読んでいません
※筆者はまだ1回しか読んでないので所々うろ覚えです
※完全に持論です
※100%ネタバレです
重力の虹が難解だとか支離滅裂だとか言う声が多いので書いた。
個人的にも完全に飲み込めているわけではない(飲み込めるもんでもない)ので、異論質問バンバンコメントください。
本作のテーマをまとめると?
「理性中心の世界では常にそれを超えようとするものが現れる。彼らは無残にもバラバラに打ち捨てられてしまうが、しかし消滅することはなく、やがて現れる次の挑戦者たちの糧となる」
まあこれだけでは説明になってないだろうからこの記事最後まで読んでくださいお願いします。
結局あらすじは何なの?
世界中のすべてがロケットの一生と同じ道筋をたどる物語。
具体的には、以下8つの工程に分かれる。
①原料や燃料の採掘・精製
②組み立てながら輸送・調整
③発射
④上昇
⑤燃焼終結(ブレンシュルッス)
⑥自由落下
⑦着弾
⑧回収をはじめとする着弾を受けた反響 → ①に戻る
本作には無数のエピソードが登場するが、第四部に入るまでのすべてのエピソードがこの一連の工程と同じ流れをたどる。
加えて、本作の流れ自体がこの①-⑧の流れをたどっている。
世界のすべてが①~⑧の放物線、重力によるロケットの虹に集約される物語なのだ。
具体的に物語のどの部分がどの工程にあたるの?/スロースロップは最終的にどうなったの?
スロースロップの物語を上の工程に当てはめるとこの2つの問いの答えになると思う。
①原料や燃料の採掘・精製:第一部~カッツェとの別れ+ラスロ・ヤンフやライル・ブランド周り
②組み立てながら輸送・調整:カッツェとの別れ~グレタとの出会い
③発射:グレタとの出会い
④上昇:グレタとの出会い~ビアンカ喪失
⑤燃焼終結(ブレンシュルッス):ビアンカ喪失(ビアンカとのセックスシーン)
⑥自由落下:ビアンカ喪失~第三部ラスト
⑦着弾:スロースロップがクロスロードになるシーン(第四部第1エピソード)
⑧回収をはじめとする着弾を受けた反響:第四部第1エピソード~ラスト
順に見えていこう。
①原料や燃料の採掘・精製
第一部~カッツェとの別れ+スロースロップの生い立ち。
第一部・第二部のほとんどがこの部分にあてられていることとなる。
生い立ち部分がスロースロップの原料、というのはまあ納得いただけると思う。
ホワイト・ヴィジテーションなどスロースロップを取りまく外部環境は、最終的にはスロースロップの発射の一因となったという側面から、スロースロップというロケットの部品と言えるのではないかと考えている。
後のグレタにカッツェと似た面影を感じていることから、カッツェとの逢瀬はいわば誘導装置にあたるのだろうか?
②組み立てながら輸送・調整
ロケット組み立て地下壕のエピソードや第四部のエンツィアンのエピソードでわかる通り、ロケットの組み立ては輸送しながら行われる。
スロースロップの物語の中でこの部分に該当するのはカッツェとの別れ~グレタとの出会い。
スロースロップのロケット勉強はカッツェとの別れの前後で始まっている。
この後のスロースロップの動きを考えれば、ロケットの知識を勉強したこのシーンが組み立てシーンの一部にあたるといえそうだ。
実質的な組み立てはスロースロップがロケットマンになったタイミング(ゾイレ・ブマーとの出会い)で終了したのであろう。その後~グレタの出会いまでは言うなれば発射方向の調整、あるいは発射タイミングまでの待機時間である。
①②の工程を(少なくとも途中まで)仕切っている黒幕はポインツマンである。
この部分が輸送シーンにあたることはポインツマンという名前からも想像できる。
③発射
グレタとの出会いのシーン。
スロースロップの自我の分散が始まるのはグレタとの共同生活が始まってからである。
この自我の分散、言い換えれば魂の分散は、ロケットで言えば炎の噴射にあたると思っている。噴射=自分の内側の燃料を吐き出し、分散させているということなので。
グレタとの出会いが発射地点だと考えているのは、スロースロップが目指した燃焼終結点(ロケットの放物線で言うと最も高い頂点のところ)がビアンカだと考えているからでもある。
ビアンカとグレタは親子であるがゆえに、同一ではないが似たパーソナリティを持っている。
④上昇
グレタとの出会い~ビアンカの死。
ビアンカとのセックスシーンが③発射または④上昇にあたることはほぼ間違いない。
だって射出とか言ってるもんね。
ビアンカとのセックスを③発射にしていないのは上記自我の分散のタイミングが理由。
ビアンカとのセックスのタイミングがスロースロップというロケットの最高速度だったということは言えそうだ。それが発射タイミングなのか、上昇の途中なのかはロケットの速度変化に詳しくないのでよくわからないが。
⑤燃焼終結(ブレンシュルッス)
スロースロップにとってビアンカは放物線の頂点、ゴッドフリート発射時のブリツェロの言葉を借りれば「光の突端」にあたる。このあたりはビアンカとのセックスシーンの描写からそう思った、という感じ。
燃焼終結点にてスロースロップとビアンカは一瞬重なるのだが、しかしスロースロップはビアンカを失う(セックスシーン終盤の描写より)。
そのあとは自由落下に入ってしまうため、スロースロップはビアンカを失い続けることになる。
⑥自由落下
ビアンカ喪失~第三部のラスト。
ビアンカの死がここに挟まっていることは注目に値する……のだが、ここに対して明確な解釈が思いついていない。もしかしたらビアンカの死が⑤燃焼終結なのかも。
なお、ペーネミュンデのエピソードでもスロースロップは自我崩壊を感じているのだが、ロケットも自由落下中に部品が取れたりするよな、と思っているのであまり矛盾は感じていない。最後のスロースロップに近づいている、という感じ?
⑦着弾
着弾したのは第四部第1エピソード。
クロスロードという書き方をしているのでわかりにくいが、取っているポーズは十字架、つまり×マーク。これはペクラーのエピソードで出てきたミサイルの着弾地点の模様と同じ。
着弾するとミサイルは粉々に飛び散る。それと同様、スロースロップもまたバラバラになって飛び散ったということになる(この記載があるのは第四部の半ばだが)。
具体的な状況はビッグ・ポーディーンのドイツでのエピソードを参照。過去と未来を認識できず、現在(ロケットで言うところのΔt)だけを認識できる状態になっている。
⑧回収をはじめとする着弾を受けた反響 → ①に戻る
第四部全体。
詳しくは後で説明するが、カウンターフォース自体がスロースロップがバラバラになったことを受けた影響で物語に登場してくる。
なお、着弾したロケットを回収って何よ?という方は第一部のスロースロップの仕事およびペーネミュンデのロケット試験を参照されたし。第四部のエンツィアンのエピソード(ロケットの放物線は、実は大きな円の可視的な一部分という描写のところ)でも可。
ただし、スロースロップというロケットは必ずしもキレイな放物線を飛んでいるわけではない。
そもそもスロースロップの発射をたくらんだものから見ると、スロースロップは失敗したロケットである(第三部ラストエピソード)。
制御系のうまく機能しないロケットの向きがブレ続けるように、スロースロップの物語も寄り道をはさむ。
また、物語自体がスロースロップから寄り道することもある(ペクラーのエピソードなど)。
<かれら>って何?/カウンターフォースって何?
<かれら> = 制御システム、およびそれを構築する技術、およびそれらの前提としてある「制御」という概念そのもの。
本文中で<かれら>を名指しで呼んだのはカッツェ、グレタ、グレタの影響を受けたスロースロップ、第四部のロジャーの四名である。
上記のように、作中で<かれら>を指す際には段階の違う3つの意味が包含されている。
分けて説明しよう。
・制御システム
この場合の「システム」はいわゆる合目的的なシステムやピラミッド式のシステムではない。
この場合のシステムは多数の粒子が有機的につながりあうことによって構成されタイプのものであり、言葉的にはむしろ制御「系」といった方が近い。
ロケットにおける制御系は、外乱要素とそれに反応する電気回路からなる。
外乱要素とはロケットの理想的なカーブを妨げる要素である。具体的には空気抵抗、それになにより、重力である。
電気回路の方は本文中に、「ロケットの方向を検知して間違った方向に向かうと電気が流れて修正する」というような内容が書いてあった(と記憶している)。
現実世界のほうで言えば、IGファルベンやシェル石油、フリーメーソンなどいわゆるテンプレ陰謀論的な秘密組織がこれに当たる。第四部冒頭のロジャーが指摘していた<かれら>といえよう。
ただし、カウンターフォースはこの秘密組織に対抗して作られた団体ではない。
<かれら>という名前のせいで具体的な人間が属している団体みたいに思われるが、実のところこれらに属している人間が利益を貪っているかといわれるとそうではない(ポインツマンのエピソード全体を参照)。
作中での扱いで言えば、これら秘密組織を考えるのは新米パラノイアの悪い癖であって、正直この秘密組織は大した敵ではない。
新米パラノイアのロジャーはやれジェシカが<かれら>の使いだ秘密組織に属しているんだなどと言っているが、その発言はプレンティスに軽くあしらわれている。
むしろその背後にある技術、そして技術の背後にある概念こそがカウンターフォースが抗する相手と言えるわけだ。
・制御システムを構築する技術
カッツェや(確か)エンツィアンが指摘した<かれら>。
「WWⅡは国同士の争いというよりは技術の要請で起こった」的な内容が(場所忘れたけど確か終盤に)あったはず。
作中ではプラスチック技術やロケット技術などが該当する。
技術かどうかは微妙だが最もイメージに近しいのはポアソン分布かもしれない。
発生するすべての出来事を正規分布に押し込め、制御する手法。
滑らかなカーブを描こうとするこれらの技術に対し、カウンターフォース側で登場するのはカスプを求めるテクニック。
タナツの出会った雷浴びたいマンとか、あとドラッグによるトリップがまさしくそれにあたるだろう。
・技術の背後にある制御という思想そのもの
技術の前提としてある「制御」という思想そのもの。
これが<かれら>の本体であり、カウンターフォースが抗する相手である。
この場合の「制御」は「管理」とも言い換えてもよいし、「合理性」「弁証法」と言い換えてもよい。科学の発展を支えてきたいわゆる近代西洋哲学そのものである。
すでに制御システムの段で述べたように、このシステムはいわゆるトップダウン式のものではない。むしろ複数の粒子(あるいは人間)が有機的に繋がることで生じるシステムである。そういう意味では「常識」や「規範」、あるいは「重力」と言ってもよいだろう。
ジェシカが<かれら>に与してしまったなどとロジャーは言っているが、何のことはない。ジェシカは合理的に、常識的に判断している、というだけなのである。
ロケットの制御系が望ましいベクトル以外を「打ち捨てる」技術であるように、「制御」という概念からは「打ち捨てられたもの(プレテリット)」が必ず生じる。
スロースロップ、そしてカウンターフォースはこの「打ち捨てられたもの」のそばに寄り添うものたちである。
(確か)ポインツマンがこぼしていたように、どれだけ制御しようとしてもその制御系をオーバーするものが必ず登場する。ポアソン分布で言う3シグマの彼方、奇跡的な確率で誕生した電球バイロン。
制御系はその恒常性を維持するために、必然的に彼らを打ち捨てる。
打ち捨てられた者たちはバラバラにまき散らされるが、しかし彼らは完全に消失することはない。
ロケットはまた組み上げられ、陽はまた昇り、そしてまた撃ち落される。
最後のその瞬間まで、ずっと……。
ここでオープニングシーンに登場するエピグラフと、ラストシーンに登場するウィリアム・スロースロップの讃美歌をもう一度見てみよう。
"自然は消滅を知らず、ただ変換を続けるのみ。過去・現在を通じて科学が私に教えてくれるすべてのことは、霊的な生が死後も継続するという考えを強めてくれるばかりである"
――ヴェルナー・フォン・ブラウン
汝の時の砂尽きるとも
砂時計を回す御手あり
数多の塔を潰せし光が
最後の一人を棄て落とすまで……
荒れ果つる地の道にて
破壊の騎手が眠むまで
その御顔、凡ての山の肌にあり
その御魂、凡ての石の中にあり
最初に記載した「本作のテーマをまとめると?」の意味がわかっていただけただろうか?
ここまで書いてきてなんだけどわかりやすくなっちゃったら艶消しな感じもしなくもない。
また質問とか思いついたことあったら追記します。
ナウ、エヴリバディ――