ディクスン・カーのシリーズ物、バンコラン判事の一編。
その中でもバンコランのデビュー作になったのが本作である。
発表は1930年。およそ100年前の作品ということもあり、ミステリとしては正直イマイチ。
ただ、個人的にはこの作品、あまり嫌いになれない部分がある。
20世期前半のパリ、あの時代が産んだ魔窟の空気が漂っているような気がするからである。
とある公爵の結婚式が開かれた。
結婚式のあと夜のバーに繰り出した面々の中に、悪魔じみた伊達男が一人。
彼の名はアンリ・バンコラン。
本来は予審判事の彼だが、今は公爵の友人としてボディーガードを頼まれている。
理由は一つ。新婦の元夫である凶悪な殺人犯が公爵を狙っているからだ。
しかもその男、整形して今の顔がわからないと来ている。
会場にくまなく気を配るバンコランだが、やがて監視された室内から公爵の首切り死体が見つかる。
犯人はいったいどこへ消えたのか?
トリックとしては密室トリック+入れ替わりもの。正直ここは「整形した殺人鬼」が出てきた時点でだいたい予想がつくだろう。
現代の読者なら、新婦が怪力持ちのリアル吉田沙保里(失礼)みたいな人であることを考えれば、容易に真相に辿り着けるだろう。
なので正直、本作品をミステリとして見ると正直イマイチである。
ただ、本作をキャラクター小説として見ると、これがなかなか面白い。
ケレン味の効いた登場人物が目白押しである。
まずは何と言っても主人公、バンコランだろう。
悪魔みたいな山羊髭の胡散臭い伊達男。
夜のパリの闇がなにより似合う紳士。
創元推理文庫の表紙イラストは非常によくできている。
いかにもグラン・ギニョールというキャラクター性にグッとくる。
それに新婦ルイーズ。彼女こそまさに本作の主人公と言えるだろう。
凛とした孤高の存在のような姿を見せながら、それでいえ誰よりも乙女として生きる人間。
この点でも表紙イラストのイメージがピッタリ。
ムーラン・ルージュっぽい外見が「夜のパリの女王」感、そしてその奥に潜むはかなさをキッチリ醸し出してくれている。
このほかにも胡散臭さ満点のキャラクターがバンバン登場する(そしてバンバン死んでいく)。
でも中心はこの2人。この2人に乗り切れるかどうかが本作の鍵だ。
殺人鬼の潜む夜のパリ、その湿った空気の中に首切り死体と血の池地獄。
追うは悪魔紳士バンコラン、その中にたゆたう美女ルイーズ。
このケレン味に酔いしれるのが本作を楽しむ秘訣。
さあ、パリの夜へ漕ぎ出そう。
Flip the Next Coin...
『皇帝のかぎ煙草入れ』:同作者。こちらは現代でも通じるレベルのミステリ。
『ナジャ』:1920年代パリのヤバさがわかる一冊。大物勢揃い。
『コーヒー&シガレッツ』:1920年代のパリ、そして1970年代後半のニューヨークに乾杯。