リチャード・ポワイエによる『重力の虹』最初期のレビューを翻訳してみる ③

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ロケット00000号の複製を誰が最初に作れるかを競うメインプロットの他に、少なくとも4つの主要なプロットがあり、それぞれ一つずつでも現代のすべての小説家全体の価値が引き上げられるほどの名作である。

一つは、前述のSSコードネーム「キャプテン・ブリツェロ」として知られる、ヴァイスマン大尉(のちに少佐)の物語であり、ヘレロ族のエンツィアンへの南西アフリカとドイツ両国にまたがる彼の愛、そしてのちにスロースロップとも関係を持つ二重スパイカッツェとゴッドフリートとの関係の物語である。

一つは、ヴァイスマン-ブリツェロの下で、ある点では心酔のために、ある点では強制収容所から妻と娘のイルゼを取り戻すためにロケット開発に携わったフランツ・ペクラーの物語である。

一つは、ソビエトの諜報員チチェーリンの物語であり、戦争直前の中央アジアへの追放、ピンチョンがシンプルに「ゾーン」と呼んだ場所での異母兄エンツィアンの戦後の探索、彼を陥れようとする同志リポフについてのケスラー的なダイアログ、そして彼を慕う少女ゲリーによるチチェーリン探しとその成功の物語である。

最後の一つはチチェーリンの異母兄エンツィアンの物語であり、Schwarzkommando(南西アフリカからドイツへ追放されたヘレロ三世)のリーダーおよび管理者としてロケット00001号の組み立て・打ち上げに必要なすべてのパーツを集める物語である。

これらはすべて、ヒトラー以前のベルリン、電撃戦中のロンドン、戦後のゾーン、1930年代の中央アジア、世紀初頭のドイツ南西アフリカを巡る一種の旅行記である――ピンチョンはこれらについて細部まで調査するだけでは飽き足らず、そのトーンを、自身が経験していない時空間の本質を創造してみせた。

 

また、すべての主要なプロットの流れに不可欠な動機や行動を持つ登場人物が活躍する不思議なサブプロットも多数存在する。

おそらくこれらの中で最も重要なのは、ラスロ・ヤンフというとらえどころのない医師であろう。駆け出しの行動学者だったころ、彼はDarmstadt大学からハーバード大学1年間留学した。留学中、ヤンフは幼児タイロンに性的反射を条件付けした。まだ幼かったスロースロップの父親とI.G.ファルベン(後にスロースロップのハーバード大学での教育に助成金を出すことになる)との間で交わされた合意に基づいて。

残念なことに、ヤンフがその後行った脱条件付けのプロセスは失敗し、1944年のロンドンでは、スロースロップはV-2ロケットが落下する時間帯や場所で勃起するようになってしまう。

この現象は、スロースロップの上司、特に「ホワイト・ビジテーション」と呼ばれる実験グループに属するエドワード・ポインツマンに気づかれずにはいられなかった。

彼らにとってスロースロップの現象は奇妙に思えた。なぜなら、超音速で飛ぶV-2は、接近音がしてから衝突するのではなく、衝突してから接近音が聞こえるためである。上記の理由から、スロースロップの条件付けされた反応をもたらす刺激として予想されるもの(訳注:ロケットの接近音)は本来警戒すべきロケットの衝突の後で発生するため、ロケットの墜落地点の近くに何度もいることを考えれば、スロースロップは死んでいなければおかしい。よって、彼の条件付けされた反応はロケットの音に反応しているのではなく、ロケット衝突前に起こる謎の前兆、ロケット衝突前の光景や状況にある何らかの要因に反応していると思われる。

それを裏付けるかのように、ロンドンでの彼の女の子とのデートマップは当局がつくったV2ロケットの落下地点とピタリと一致することが後に判明する。(ピンチョンの明示なしでも、読者は「スロースロップの天の意思を読み取る能力は彼がピューリタンとして受けついだものの一つである」というジョークを読み取ることができる。つまり、彼はElect(訳注:「勃起する」の意と「選ばれる」の意がある)した民であり、救われた民であると)

いずれにせよ、ヤンフはスロースロップとロケットの両方にscore and bangs(訳注:調べても意味がわからなかった。何らかのイディオムのようだが、おそらく「お膳立てした」程度の意味と思われる)をプログラムしたと言うことができる。なぜなら、のちに行動主義学者から有機化学者に転向したヤンフの功績の一つは、謎のロケット00000号に不可欠なプラスチック、イミポレックスGの開発だったからである。

 

重力の虹』の中心人物はロケットそのものであり、他のすべての登場人物は、何らかの理由でロケットの探索、特にイミポレックスGに包まれていた「Schwarzgerät」と呼ばれる秘密の部品の探索に巻き込まれていく。

いくつもの探索によって、現代生活の文化的・経済的・科学的側面とその歴史的事実との間の関係が徐々に明らかになっていく。そのため、ピンチョンはこれを「聖杯を巡る恐るべき駆け引き」と呼ぶこともできるだろう。

ロケットが彼を刺激するため、そしてポインツマンが彼の睾丸を検査のために切除しようとするために、スロースロップは駆り立てられる。(外科手術のモルモットにされかけたスロースロップは別の男が豚のコスチュームを着ているすきに逃げ出してしまう)。

エンツィアンはヘレロ族への最後の啓示としてロケットを再び組み立てたいと思っている。ヘレロ族を大量虐殺した白人民族が今、ヘレロ族を滅ぼす道具を考案してくれた。これは比喩的にも不可逆であり、そして彼らのロケット打ち上げが後に示すように、文字通り不可逆である。

チチェーリンのロケットの探索はエンツィアンを見つけて破壊し、黒人の異母兄弟がいることの屈辱を取り除くための口実である。

ピンチョンが<かれら>と呼ぶ英米側の真の権力者たちは、ソビエトがチチェーリンを放置するのと全く同じ理由でポインツマンとスロースロップを野放しにしている-その理由とはつまり、ロケット組み立て技術を入手するため、そしてより重要な理由として、Schwarzkommando(訳注:エンツィアンたちのこと、ヘレロ族は黒人)をついに滅ぼすことができるかもしれないという可能性のため。空白を司るドイツの死神の伝承、Blickerにちなんだブリツェロという名前が示唆するように、<かれら>は世界を漂白することを望んでいる。

 

ロケット探索者の中のごく少数だけが疑い、<かれら>の誰もが気付いていない一つの教訓が、ロケット探索によって明らかになった。その教訓とは、ロケットが全人類を内包していること、そしてゴットフリートは全人類の究極的な運命を物理的に表現したものに過ぎないということだ。ゴットフリートがSchwarzgerätであり、ロケット00000号はイミポレックスGで作られた香り高い死装束に包まれた彼の体を収めるためのスペースを確保するように組み立てられていたのだ。性の、愛の、生の、そして死の秘密のすべてが、ロケットの組み立てとロケットが最後にたどり着く悲劇の中に集約されている。

 

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