『灯台守の話』 遠きにありて思うもの

 

灯台守の話 (白水Uブックス175)

灯台守の話 (白水Uブックス175)

 

 

これはラブストーリーではないけれど、愛は出てくる。というか、愛はこの物語の外側にあって、何とか中に入ろうとしている。

 

「初心者にお勧めできる本ない?」と聞かれることがたまにあるのだけれど、大体返答に困ってばかりだった。

自分が普段読んでいる本は、まあどう見積もっても初心者向けとは言い難い。

マイベスト100の上位は曲者揃い。

例えば去年のベストは『黄泥街』だが、初心者にアレを勧めるのは正気の沙汰ではない。

ライオンが子供を谷底に突き落とすレベルをとうに超えた暴挙である。

そんな中、『灯台守の話』は初心者にもお勧めできる本な気がする。

読み慣れてない人にも本好きにも勧められる、とびきりファンシーな一作だ。

 

灯台守の話』の主人公(?)は2人いる。

一人はシルバー、母を亡くした少女であり、灯台守見習いとして老人ピューに育てられる。『灯台守の話』はシルバーの誕生から旅立ち、帰還までの半生をなぞっている。

作中で語られる灯台守の役割通り、語り部として物語を牽引してくれる役だ。

もう一人はダーク、灯台のある街にかつて住んでいた牧師であり、奇妙な不倫生活を送ることになる男。彼の物語はスティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』がバックボーンになっており、手に入れられない愛をめぐる二重性の物語だ。

ダークの物語を経由しつつ、シルバーの成長と愛を描くというのが全体構成になっている。

 

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舞台となるケープ・ラス灯台

ボートで乗り付けるにはあまりに峻峭な崖で驚いた。

 

作中で語られるように、シルバーとダークの物語は「愛の出てこない愛の物語」だ。

愛は太陽のように中心に座し、シルバーはその周りを惑星みたいに回っている。

愛に近づくことはできないし、愛を手に入れることもできない。この物語での愛はそもそもそういうものではないのだ。愛を手に入れることは太陽に近づくのと同じくらい身を滅ぼしかねない。

ただ、愛を手に入れることはできなくとも、愛を感じることはできる。

ちょうど我々が日光を感じるように、そういう在り方として。

愛は遠きにありて思うもの、帰るところにあるまじや。

 

太陽としての愛という図式は美しいが、個人的には異論が残る部分もある。

太陽になりうるのは、なにも愛だけに限らないということだ。

 

シルバーにとっての太陽が愛であるように、ミス・ピンチにとっての太陽は「見捨てられた」だった(『重力の虹』erには見覚えのある単語ではないか?)。現実世界でも、例えば憤怒を太陽にしてしまった人はいくらでも見かける。むしろ愛より多いのではないかと思うくらいに。

個人的な好みとしては、もっと重層的な物語の方が良かったと思う。愛だけではない色々な太陽を描いてもらえれば、もっと味わい深い話になったような気がしてならない。

 

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コペルニクスの地動説。中心にあるがたどり着けない、という点ではカフカの『城』も思い出す。テイストは真逆だが……

 

とはいえ、初心者にもお勧めしやすいという点はかなり高評価。

本作の文体はかなり読みやすく、ハリーポッター式のフォントいじりも結構ある。

重層的にすればするほど初心者向けではなくなるし、作者特有のキュートさも失われかねないため、これはこれでありかもしれない。

 

 

 

Flip the Next Coin...

ジキル博士とハイド氏』:作中で紹介。

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

 

 

『城』:たどり着けない中心。

城 (新潮文庫)

城 (新潮文庫)

 

 

ハリー・ポッターと賢者の石』:書体が同じ。一部の文字がボールドになったり大サイズになったりする。