『ブラッド・メリディアン』 朝が来るまで終わることの無いダンスを

 

 

この世界のあり方は花が咲いて散って枯れるというものだが人間に関しては衰えというものがなく生命力の発現が最高潮に達する正午が夜の始まりの合図となる。人間の霊はその達成の頂点で燃え尽きる。人間の絶頂(メリディアン)は同時に黄昏でもあるんだ。

 

黄昏。

夕方の薄暗い時。夕暮れ。

盛りを過ぎて終わりに近づこうとするころ。

古くは「誰そ彼」と呼ばれ、人の顔が暗闇に包まれ、判別できなくなる時分のこと。

その語源が指し示すように、黄昏という言葉にはいつも喪失の感覚が付きまとう。

何を失ったのかはわからない。けれど、何か大事なものを置いてきてしまったのではないか……そういう感覚を。

 

『ブラッド・メリディアン』は虐殺に満ちている。

主人公の少年が属するグラントン団は、メキシコの地方州知事に傭兵として雇われる。

殺したインディアンの頭皮に金を払うと言われ、グラントン団はインディアンを虐殺する。

殺した数を水増しするため、メキシコ人も虐殺する。

州の予算がつき金が貰えなくなるが、それでも「一日の真っ赤な終焉と夜の土地と太陽の遠い混沌に夢中になり惚れこんでしまった」彼らは虐殺を続ける。

そして最後には、虐殺し返されて滅びる。二人の男を残して。

西部劇らしいフェアな決闘などここでは描かれない。一方的な殺戮と、一方的な逃走、その結果として生じる死屍累々が描かれる。

そのくせ文体は異常に乾いている。それもそうだ、舞台は砂漠。

大地は無限に血を吸って、死体はまもなくミイラになる。

  

グラントン団の面々は頭のネジがぶっ飛んでいる。

団長グラントンはもとからヤバいやつだった節があるが、それ以外の面々は虐殺の中で徐々に殺戮を楽しむようになっていく。

主人公と序盤から行動を共にするトードヴァイン、一応常識人枠っぽい元司祭トビン。

彼らはある意味平凡な人間であり、そしてそれゆえに喜々として他人を蹴り落としにかかる。

ありていな言い方をすれば、血に酔っていく。

血に酔った彼らは全滅し、「ほんものの」二人だけが最後に残る。

 

よく聴け、君。舞台には一頭の獣だけが踊れる広さしかない。ほかの獣には名前のない永遠の夜が運命づけられている。一頭ずつ獣は脚光の向こうの闇のなかへ降りていく。踊る熊もいれば踊らない熊もいるわけだ。

 

残った二人のうち片方はホールデン判事。全身に毛のないアルビノの巨漢。

地質学はじめ他分野に精通し、血塗られたグラントン団の道筋を理論武装してみせるダンスの達人。

暴虐を以て神に選択を強いる人間を超越した存在。

なんだこいつ『HELLSING』のキャラか?

 

もう一人は主人公である「少年」(The Kid)だ。

グラントン団の虐殺の最中にありながら、唯一殺人を避けようとする男。

必要になれば銃を抜くが、必要にならなければ銃を抜かないある意味「人間らしい」男。

むせかえるような血煙の中でも血に酔わず、無防備の判事を殺さずに見逃した男。

型月の主人公かな?

 

二人とも血に酔わず、ゆえに二人とも生き残り、語り合う。

そして冒頭に掲げた通り「人間の霊はその頂点で燃え尽き」、夜が始まり判事が踊るのだ。

 

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判事の見た目的なイメージ、バイオRE2のタイラントバットマンのジョーカーにも似ているが、まあ誰でも思いつくと思うのであえては書かない。Dr.マンハッタンにも似てない?

 

つまるところ、本作の内容は最終章の判事と少年の議論に収着する。

闘争を儀式あるいは遊戯として執り行い、すべての人間の価値を強引にYES or Noの裁判の場に引きずり込む判事。

「私の知らないうちに存在しているものは私に無断で存在しているということだ」などとうそぶきながら、彼はすべての存在を一つずつ闇のなかへと葬っていく。

論理的に考えれば彼の行為は他人の財産を無断で賭けているのと同じなのだが、そんな理屈は判事にとって何の意味も持たない。

少年も、あるいは少年の持っていた人間の魂も、ついには闇のなかへと葬られる。判事はただ一人で踊る、すべてのものを葬り去ったその後、スポットライトを浴びる一人用の舞台の上で。

 

これぞまさに黄昏。

夕暮れの赤く染まった太陽を背に、判事は踊り、残りのすべては地に倒れる。

そして読者の中に残されるのだ。何か茫洋としたものに対する喪失の感覚と、形容しがたい夜への不安感が……

  

コーマック・マッカーシーが本作を書いたのは1985年である。

1850年の本作の舞台からはもうずいぶん離れてしまった。

もし1850年ごろ、あの少年が死んだ日が人類の絶頂だとするならば、現代は果たして何に当たるのだろう。

果たして太陽はもう一度昇ったのだろうか?

それとも世界はずっと、白亜の巨人が踊る一夜の舞台のままなのだろうか?

 

彼は眠らない。私は絶対に死なないと判事は言う。光のなかで踊り影の中で踊る、彼は大の人気者だ。判事は決して眠らない。彼は踊る、踊る。私は絶対に死なない、と判事は言う。

 

Flip the Next Coin...
 

『白鯨』:大先輩。作者のお気に入り本。

kambako.hatenablog.com

 

HELLSING』:似てる本。ヒラコーにかかると主人公の「少年」がめっちゃエッチに化けそうな気がする……気がしない?

HELLSING(1) (ヤングキングコミックス)

HELLSING(1) (ヤングキングコミックス)